2007年09月20日
ベラルーシ
9世紀のキエフ・ルーシの一部だったポロツク公国がベラルーシの始まりとされる。バルト海と黒海を結ぶ通商路として繁栄した。
10-11世紀にポロツク公国は版図を拡大し、 キエフ・ルーシやノヴゴロド公国と争った。南部には10世紀末にトゥーロフ公国が成立。一時、モンゴルに征服される。
12世紀から13世紀前半には、10前後の公国が存在し、ベラルーシ人の民族意識が高まり、団結しドイツ騎士団やモンゴル帝国と戦った。
1569年にはこれらの公国はポーランド・リトアニア連合の成立とともにその領土となり、1795年までの三度に渡るポーランド分割によりロシア帝国に併合されるまで続いた。
1917年にロシア革命が起こり、そして第一次世界大戦の間占領していたドイツ軍の占領が終わった後、1918年には史上初の独立国となるベラルーシ人民共和国が樹立される。しかしこの政権は短命に終わり、1919年には白ロシア・ソビエト社会主義共和国が成立し、1922年にはソビエト社会主義共和国連邦に加盟する。またこの頃に起こったポーランド・ソビエト戦争の結果成立したリガ条約により西半分がポーランドに割譲された。
1939年9月の第二次世界大戦の勃発により、ソ連軍はポーランドに侵攻。ポーランド東半分の占領と共に、リガ条約により割譲されていた領土を白ロシアに編入した。1941年から、ナチス・ドイツに占領されていたが、1944年にソ連に復帰する。
1986年4月26日、南のウクライナでチェルノブイリ原発事故が発生し、放射性物質が国境を越え、南東部のホミェリ(ゴメリ)州を中心とする地域に大きな被害が及んだ。中でも多かった被害が、外で遊んでいた子供の3人に1人が甲状腺癌に侵された。(チェルノブイリ原子力発電所を参照)
1990年7月27日に独立宣言(主権宣言)を行い、1991年8月25日に独立が承認された。同年の12月8日にはベラルーシのベロヴェーシの森で、ロシアのボリス・エリツィン、ウクライナのレオニード・クラフチュク、ベラルーシのスタニスラフ・シュシケビッチの三者の間でソビエト連邦の解体を宣言、独立国家共同体 (CIS) 創設に関する協定が締結された。また、9月15日には国名が白ロシアから正式にベラルーシ共和国となった。
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